徳川家定13代将軍家に嫁いだ女性

13代将軍家に嫁いだ女性

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天璋院・島津篤子後、近衛敬子っていう人物は有名ですよね。

あんみつ姫を連想してしまいます。

全く関係ないんだけどね。

この人物は近衛家の娘さん(養女です。)として嫁いだ人物です。

島津でもう分かりますよねって思っていますけれど…そうです。

あの島津家の娘です。

でも、江戸時代後期ですからね

島津忠剛のお父さんが島津斉宜です。お孫さんですね。

徳川幕府十三代将軍の正室になったっていう事です。

継室でも良いかなぁって同じ意味合いですね。

お転婆娘の「篤姫」の事です。

お転婆娘はあんみつ姫ですね。

幼名は珍しいんだよ。「一」っ斎藤一?

篤姫の「一」はね(かつ)って言います。

従兄弟の薩摩藩主の島津斉彬の養女:源篤子、嫁いで、

近衛忠熙の養女になり、近衛敬子に改名していますって、改名多いですね。。

 

篤姫って何をした人物

篤姫って悲劇的な生涯だったって思いますよ。

悲劇的な生涯っていうのはね、結局のところ、利用されて、あっちに、

こっちにっていかされたっていう事ですけれど…。

だって、斉彬の養女にしたのも輿入れを想定しての養女だもん。

篤姫の事だからね、それくらいは大丈夫っていう感じではあったみたいですけれど・・・。

早い話、大奥に入れたかったっていう事なんですよね。

 

以前からの計画

大奥に入れるっていうお話は11代将軍別名:オットセイ将軍の頃からあったお話。

オットセイって・・・家斉さんですね。

元々、島津家はね、徳川家から縁談のお話はあったんですよね。

目的はこのオットセイ将軍が島津家出身の御台所をあやかろうっていう感じです。

子宝約55人もいてもまだ足りないの?っていう感じです。呆れますね。

でも、あんみつではなくて、えっと、「篤姫は政治使命ですよ」って

江戸に行くんですけれどね。

島津斉彬は、次期将軍の座を狙うっていうお互いに表面上の

お付き合いの為に利用されたっていう事です。

その次期将軍って言いますのが、ご存知、一橋慶喜っていうわけです。

 

まとめ

結果的には、一橋慶喜は15代将軍になりましたけれど、このお話って

13代目の後継者問題ですから、分家の娘ではってなってしまって、

紀州慶徳派と一橋慶喜派に意見が分かれました結果は、14代、

15代将軍を見れば分かりますけれど、夢は15代将軍に叶った島津家っていう事です。

篤姫自身も、身分の関係等ありましたので、13代将軍の御台所でした。

色々な問題があった徳川家ですからね。

慶喜と勝海舟の不仲問題等。

最終的にはね、大黒柱的存在で頑張った人物なのかなぁ?

天璋院が本当はね、一番頑張らなくちゃいけなかったんですけれど・・・。

自殺する時の手元が今で言います六万円では、

身投げするしか選択肢が無かったのかなぁって思っています。

天璋院も最後の大奥にって、篤姫に頑張って欲しかったのかなぁって思う切なさですね。

天璋院篤姫は、一橋邸で生涯を終えたっていうお話です。

13代目の時は、女主人でしたから、それで良かったって思います。

大奥は大変ですから…ね。

 

 

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