真田信繁(幸村)大阪の陣!鹿角兜と甲冑赤備え!かっこいいけど何故赤?

何故、赤い甲冑なの?

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真田信繁、正確には「真田左衛門佐信繁」

甲冑は赤備えっていうんだよ。

何故、赤備えの甲冑だったの?っていうと、

赤備えで統一したっていう事は実際聞いた事がないんですよね。

真田信繁が赤備えだったっていう事は実際どうだったのかなぁって思ってしまう所ですね。

 

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赤備えの意味

日本刀よりも火縄銃が使われ出した事が一番の理由だと思いますよ。

火縄銃って、黒色火薬ですからね。

煙で覆われている状態で「赤」って凄く目立つんですよ。

その影が凄い威圧感を与える効果は的面なんです。

 

火縄銃って、今で言う「44マグナム」「ベレッタ」って素直にリボルバー、

オートマチックって書けばいいのに…。

時間がかかるんですよね。

リボルバーの弱点は、シリンダーを握られると撃てないっていう事なんですけれどって誰でも

知っていますよね。笑

 

火縄銃は時間がかかる分、攻めれるチャンスが多いんですよ。

赤っていう色は水銀を原料にしているので、「朱」とも言いますけど、

今の時代は水銀は使えないですし、当時の「朱」っていう色は価値があったんですよ。

 

現在は工業的に作っているから、当たり前になっているんだけど、

当時は染料、顔料がない時代だから、「朱」って最も鮮やかな色だったんですよ。

持ち物を赤で塗るっていう事は費用はかなりかかったって思いますけれど、

威圧効果、高揚効果では大活躍した色の一つではあるんですよね。

 

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実際はどうかっていうと

大坂夏の陣が最後の真田信繁ですけれど、緋威の鎧に鹿角の兜っていう事だけれど、

問題は「赤」って言っても色々ありますから。

例えば「紅」も当時は「赤」って思われていたっていう事です。

 

兜は真田昌幸が被っていた鹿角ですけれど、譲り受けていたみたいです。

実際は仙台真田家が所蔵しているんですけれどね。

合戦絵屏風に描かれている鹿角前立兜は後世に描かれているんですよね。

 

まとめ

真田信繁の南蛮具足胴は、

次男の守信と同様に伊達政宗に託しているみたいですけれど、

現在は真田家当主、真田徹さんが所蔵しているんです。

「朱」って言えば、新撰組もそうですけどね。

 

これは赤穂浪士の真似だけれど、新撰組にも影響力を与えた赤穂浪士は

本当に凄い憧れだったのかなぁって思ってしまう所ですよね。

過去の人間が今の時代を見た時、ど

ういう反応をするのかなぁって思ってしまうんだけれど・・・。

 

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