河上彦斎(るろうに剣心のモデル)の流派と生涯!新撰組との関係は?

河上彦斎(るろうに剣心のモデル)の流派と生涯!新撰組との関係は?の記事です。

河上彦斎の流派と生涯

四大人斬りで有名な人物ですけれど。
ただ私が思う事は河上彦斎はきっと人斬りではありませんよ。
きちんとした理由がありましたから「佐久間象山」は斬りましたけれどね。

 

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河上彦斎とは

この人物は熊本藩士「小森貞助」と「和歌」の間に次男として生まれました。
初名は「小森彦次郎」ですけれど。
小森家は四人兄弟でしたから、11歳の時に河上源兵衛の養子になっています。

色々大切に育てられていますけれど。
16歳の時に「彦斎」に元服しまして、熊本城の藩主:細川斉護に仕えました。掃除坊主ですけれど・・・。

でもいつまでも掃除ばかりっていう分けではありませんよ。
剣術も習い、学問にも励んでいます。
掃除坊主から国老附坊主になって「儒学」、「国学」を轟武兵衛、林桜園から学びました。

「皇学」と「兵法」は宮部鼎蔵から学び、この時人生が決まっていたのかも知れません。

 

尊皇攘夷

高杉晋作、久坂玄瑞もそうですけれどね、河上彦斎も同じ影響を受けています。
天皇を敬い、異国者を斬り捨てるっていう思考の持ち主でしたから。

 

池田屋事件

河上彦斎は長州藩と仲良くて、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞とも交流を取っています。
長州藩って言えば、過激派軍団ですから当時は敬遠されていましたけれどね、「尊皇攘夷」の思考は同じでしたから、熊本藩の親兵にも選ばれています。その時、宮部鼎蔵も同じ幹部でした。

でも悲劇が起こります。それが池田屋事件ですけれど・・・。
宮部鼎蔵が討たれて亡くなってしまいましたっていうことです。
河上彦斎の中で仇討ちの想いがあり、京に向かうのです。

そこで佐久間象山を斬り捨てるっていうことを白昼堂々とやっていることは有名ですけれどね。でも実際は何人も斬っているって思います。本当に佐久間象山一人だけでしたら、あんなにスムーズにはきっといかないって思いますから。ただ、証拠がありませんから事実は分かりませんけれど。

 

池田屋事件なら新撰組を狙うって思いますけれど。

佐久間象山は開国論者、公武合体論者でしたから、攘夷主義者から暗殺対象になっていました。それが宮部鼎蔵への仇討ちなのかも知れないって思います。

尊皇攘夷を教えてくれた人物ですから。事実は分かりませんけれど➰(T.T)
白昼堂々っていうことはきっと何か心に残る物があったっていうことは間違いないって思っています。

 

河上彦斎の流派

意外に知られていないのですけれど、それもその筈なんですよね。
身長が150㎝で小柄、女性っぽい体格ですから。

我流です。真面目ですけれど・・・。ただね、河上彦斎自身が付けてはいますけれど。
「玄斎流」って自ら称しています。
本当にこういう剣術はないですけれど。

 

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河上彦斎の剣術

小柄ですから、速さを活かしたって思います。
片手抜刀ですから。
普通はね、鞘を持って右手で抜刀ですけれど。

河上彦斎のやり方は逆袈裟斬りですから、本当に体を低くしないと出来ません。
逆袈裟斬りっていうのはね、普通に斬りますと肩からお腹ですよね。上から下です。
逆袈裟斬りはお腹から肩なんです。

簡単に言いますと、下から斬り上げるっていうことです。
その上、片手抜刀ですから本当に速いって思います。その片手抜刀が居合でも難しいって思います。

私はそういうことはやったことはありませんから分かりませんけれど鞘からどれだけ速く抜刀して態勢を整えることってなかなか出来ないんですよ。出来るのでしたらきっとみんなやっているって思いますよ。

片足を前方に出して、もう片方の足は膝が地面に着くくらい後方に伸ばして片手抜刀ですけれど、こうしたやり方ではなくても出来ないことはありませんから。
ただね、凄い根気強い意志と精神力が必要って思っています。

 

その後の河上彦斎ですけれど・・・。

尊皇攘夷ですから、熊本藩に戻っても佐幕派が実権を握っていました。河上彦斎は戊辰戦争の最中は投獄生活をしています。

新政府を迎えても、尊皇攘夷の気持ちは変わらないまま、不快感に追われる日々です。

 

新撰組との関係

最後の方はね、佐久間象山の息子が新撰組隊士でしたから、命を狙われていました。
河上彦斎から高田源兵衛に改名していますけれど。

 

まとめ

最後まで尊皇攘夷を貫き通しました河上彦斎ですけれど、誰が悪いっていうことはきっと分かりませんけれどね。桂小五郎ですけれど、勝海舟自慢の嘘ですけれど、濡れ衣を被り斬首されて38年の生涯に幕を下ろしました。

自分達が目指した尊皇攘夷は、新時代に裏切られて、河上彦斎は人斬り役に利用ですから。それでも自分の信念を貫き通しました河上彦斎の男気にはきっと、河上彦斎自身の誇りって思っています。

けれど・・・河上彦斎自身も本当はわかっていたみたいです。佐久間象山殺害後、本当に後悔して人斬りはしなくなりましたから。人一人の人生って本当に色々あって口で語ることは簡単ですけれど、こうして文章にしますと切ない気持ちになりますね。

きっと、河上彦斎自身が一番葛藤していたって私は思っていけないですけれど・・・。

 

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