小早川秀秋って複雑,真田丸でも関ヶ原で裏切り,死因は謎とされた。

小早川秀秋って複雑な心境です。

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小早川秀秋は関ヶ原の戦いで、西軍から、

徳川軍に寝返ったっていう事が一番強い印象だって思います。

元々小早川秀秋は豊臣秀吉に可愛がられて育っていく中で、

子供だから失敗はする事は当たり前だけれど、

それを石田三成が報告するので苦手っていうよりも嫌いだったっていう表現が良いかなぁ?

その時、慰めてくれた人物が「徳川家康」だけれど、

血筋を考えると西軍につかないといけなかった運命の人物。

 

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小早川秀秋にはもう一人の養子がいたんだよ。

この人物はって失礼ですけれど、小早川秀秋は豊臣家に実子がいなかったんです。

だから、養子として引き取られたんだけれど、もう一人養子がいたっていう事。

小早川秀秋は羽柴秀俊を名乗ったり、っていう事よりも、

小早川秀秋は元服後、改名し過ぎだよ。多いから。

そこまで大袈裟ではないけれど、拗れそう。

あ、もう一人養子がいたんだけど、「豊臣秀次」っていう人物。

14歳?くらい年上だったって思うけれど、秀吉の事だから、

秀次に何かあった時の為に「小早川秀秋」を養子にしていたんだよ。

流石ズル賢い豊臣秀吉。

基本的に豊臣家は長生きしている人物がいないんだよね。

何故かなぁ?

 

後継者の夢は儚く

小早川、小早川って記載していますけれど、その通りです。

豊臣家に跡取りが(秀頼)誕生したので、当然自然の流れでいけば、

跡継ぎは「秀頼」になるよね。

では、小早川秀秋はどうなるの?っていう事になって来るんだけど、

毛利家の跡継ぎにっていうお話が出て来るんだよ。

豊臣秀吉は、毛利家に乗っ取られるって考えて、

毛利家の統率者の小早川隆景を別の人物に定めて養子にするっていうここまで考えるって、

流石にう~ん?

毛利家が乗っ取る事を防ぐには、

自分の家を継ぐ権利を提供されるっていう事をしたっていう事なんだけど。

難しいかなぁ?

 

悲劇な養子縁組

小早川秀秋は養子に行かされて良かったのかも知れないって思う私です。

もう一人の養子「秀次」は疑いをかけられて殺害する豊臣秀吉。

どうしても「秀頼」を跡継ぎにって考えていたって思うなぁ。

だからって粛清しなくても・・・。

 

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まとめ

小早川秀秋はその後、小早川家の大名になって朝鮮に行ったり、

色々あるんだけれど、やはり運命を変えた関ヶ原の戦いが印象的ですよね。

寝返った小早川秀秋は、とりあえずは強かったんだけどね、小心者。

西軍から東軍に寝返った小早川秀秋のお陰なのかも知れないって思います。

 

ここから、徳川家康が勢力を伸ばしていくんだけど、

小早川秀秋はその逆の道を歩む人生を送る事になってしまうんです。

「裏切り者」っていう汚名がついてしまった小早川秀秋。

 

最後はお酒に溺れ、関ヶ原の戦いから2年後に亡くなった生涯です。

結局、幼少期から考えるとね、何が正しくて、何が悪いの?

っていう人生だったって思いますよ。

小早川秀秋に取ってはですけれど・・・。

 

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