桶狭間の戦い織田信長の勝因をわかりやすく簡単に!井伊家はどっち?

桶狭間の戦い織田信長の勝因をわかりやすく簡単にいうと!

井伊家はどっちだったの?井伊直虎の生涯に影響?

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井伊家に大きな転機が起こるのは、天保って徳川ですよね。

あ、天文です。天文23年ですね。

武田信玄、北条氏康が三国同盟を成立させました。

今川忘れていましたです。

これを機に「井伊直親」が帰国するんですよ。

何でって言うとね、保護していた松岡氏に武田氏、一番の理由は、

小野和泉守道高の死去があったから。

逃亡生活する理由が無くなりましたっていう事ですね。

 

井伊直親婚約しない

この時、井伊直虎は婚約は出来るんですけれどね。

「次郎法師」って言っても、あくまでも「僧」ですから。将軍なら分かりますけれど・・・。

何故婚約をしないのっていうとね、直親ってもう結婚していたっていう事です。

何とかして欲しいって思っても、もうお子様もいたっていう事です。

彦根藩の家老、川手主水良則室の高瀬姫がお相手です。

出家までして愛を想い誓った「次郎法師」。

失望、哀しみ、そして恨みはきっとあったって思います。

帰国した直親は養子になりましたって良くなれましたって思います。

その図太い神経が知りたいって思っています。

これで良かったのかなぁ?

一先ずは、「井伊家」存続が出来ましたから。

 

桶狭間の戦い

遂に来たよ!桶狭間の戦いです。

あ、そうですよね。井伊家って今川軍です。すみません。

直虎の父、直盛は優れた武将だったんですけれどね。

圧倒的優勢の中、「梅雨将軍:信長」にまさかの敗北です。

 

そうなりますから。

いくら大軍率いても、バラバラに行動するっていう事が

どういう結果になるっていう事くらいはね。

大軍あっての勢力ですので。

本当でしたら、織田信長っていう人物はね、ここで消えていたって思いますよ。

今川義元が指揮を間違え、そして幸運の雨は少数勢力の織田軍に勝利の女神は微笑みました。

 

不運から少しだけ吉報。

桶狭間で戦死した直盛の生首を見て直虎は、母親と共に出家したっていう説もありますけれどね。

逸話って付き物ですから。

そんな時、井伊直親に待望の男の子が誕生したっていう事です。

幼名:虎松。後の徳川四天王の一人「井伊直政」の事ですね。

そして、またしても、不幸は「井伊家」に歩み寄って来るんです。

 

まとめ

ここまで不幸な人物っているの?っていうくらいなんて言えばいいのかなぁ。

言葉にならないんです。

これって本当に大河ドラマになってもいいのかなぁって思います。

本当に切ないって思っています。

 

 

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