真田丸の信繁(幸村)は十文字槍の名人だったの?大坂の陣で使う?

真田信繁の十文字槍

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槍は得意分野ではないんですけれど・・・。

真田信繁って言えば「十文字槍」が有名なの?

 

戦国時代は「槍」って重要な役割を果たしていたんだけど。

槍は長いっていう事と、相手の槍に引っ掛けて払えるっていう事が出来るんですよね。

だから「日本刀」は衰退化していったんですよ~。

 

更にオマケ付き

敵軍と戦う時に一番初めに槍で勝利をあげると「一番槍」って言う褒勝があったんだよ。

槍の名手、つまり戦功が凄い武将は「槍働き」って呼ばれて由緒ある名誉だったです。

 

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問題は真田信繁の十文字槍

真田信繁は朱塗りの十文字槍を使用しているよね。

ここがなんだか引っかかっるんだよね。

槍に「朱」っていうのは、槍術に優れていて、

戦場で多くの手柄をあげた人物ではないと先ず持てなかったんです。

 

大名から認められた「槍働き」って言う所が必要な事っていうよりも条件だったんだよね。

何故、真田信繁がその朱塗りの十文字槍を使用していたのかなぁ?って思っています。

多分ですけれど、強力なスポンサーがいたっていう事だと思います。

っていうよりもいたんですよね。

必然的にそうなっちゃんですよ。

 

大坂城でもう分かるって思いますけれど・・・。

スカウトに黄金200枚、銀30貫出しているんだけれど、

そこに「豊臣家」って来れば出来ない事もないかなぁ?って想像します。

スカウトした人物は豊臣秀頼ですけれど。

大坂夏の陣では、薙刀を使用していた信繁です。

 

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まとめ

実際には徳川家康を追い込んではいるんですけれど、

本人目の前で、十文字槍を突き付けてはいないんですよね。

突き付けていたのなら歴史は変わっていますから。

 

人気がある人物ではある真田信繁ですけれど、ここまで来ると史実が解らなくなりますよね。

今川義元は逆に過小評価されているんですけれど・・・。

何でかなぁ?

桶狭間であっさりやられたから?

わかんない。

 

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