戦国武将の名言に学ぶ!島津義弘「春秋の紅葉はついに」の意味とは?

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【島津義弘】

「春秋の紅葉はついに留まらず 人も虚しき関路なりけり」

 

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戦国武将の名言に学ぶ島津義弘「春秋の紅葉はついに」の意味

春の花や秋の紅葉もとどまることを知らないで散ってしまう。

自分も虚しく散ってしまったよ。

これはね、関ヶ原が入るんです。

関路は関ヶ原の戦いの意味って思いますよ。

井伊直政との戦いで、何とか逃げきれましたけれど、体が衰えて、

一人で立つ事も、箸を使う事も出来ない状態でしたから。

きっと関ヶ原の戦いで燃え尽きたんですよ。

井伊直政って強かったんですねーって思っています。

島津家は、薩摩ですから、最後まで残っていましたけれどね。

イメージ的に極悪な感じがするのは私だけでしょうか?

でも島津家は、高杉晋作とか、勝海舟等々お世話していますから。

 

関ヶ原の思い

余程悔しいっていう事が私には感じます。

多分ですけれど、あのまま戦っていたらね、生きてなかったかもですね。

相手が井伊直政ですから、先ず難しいって思いますよ。

井伊直政の幼少時代は、波瀾万丈でしたけれどね、

ここまで凄い人物になってしまうって凄いって思っています。

井伊直虎のお陰ですよ。

島津家自体も強いんですけれどね、四天王相手にはさすがに

無理があったのかなぁって思います。

でも命あっての人生ですから。

最近よく使いますけれど、「運命」でしたって受け止める事も武士道って思いますから。

武将ならね、何が起こるってわからない事を覚悟で望んで欲しいって思っています。

 

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まとめ

あくまでもイメージですけれどね、島津家って自信過剰に思ってしまっています。

その上ね、あっちのお方って勝手に想像です。

でも関ヶ原では正々堂々ではありませんですね。

井伊直政お亡くなりになっていますから。二年後ですけれど・・・。

西郷隆盛がしっかり教育するべきって思っています。

一応リーダーですから。

人生って一言や、辞世の句では語れない事もありますから。

本人良ければそれでよしっていう時代でした。

 

 

 

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