【日本刀 逸話伝説】武蔵坊弁慶の謎!牛若丸との出会い?鎌倉幕府の年号

武蔵坊弁慶の謎と逸話と鎌倉幕府の年号

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良くある話で一度は耳にしたことのあるお話ですけれどね、

五条大橋で牛若丸と弁慶の戦いのお話です。

 

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牛若丸と弁慶の出会いって?

牛若丸、源の義経と武蔵坊弁慶が出会った場所は「京の五条の橋の上」ですけれど、

出会った根拠がないんですよね。

あと、五条大橋には彫像があることがおかしいと思います。

義経の時代の五条通りは、今の五条大橋より北にあったんですよね。

ということは現在の松原通りになるんです。

今の五条通りは昔の五条大路ではないんです。

なので、五条大橋の出逢いも五条大橋ではなかったと思いますよ。

 

武蔵坊弁慶ってどんな人?

ただ、義経の部下に弁慶の名前はあります。実在した人物です。

活躍は後付けです。

母親の胎内に十八ヵ月にして生まれた弁慶は髪の毛は肩まであり、歯も向き出しだったそうです。

この姿をみて「鬼子」と恐れ浦山に棄てられました。

虎狼野干が守護して養育したそうです。

その後、京に連れられて、比叡山で学業に専念するけれど、悪戯が過ぎて下山させられます。

 

「弁慶」の由来は?

下山に当たっては、自ら頭を剃って、命名したのが「西塔武蔵坊弁慶」です。

この「西塔武蔵坊」は、昔、比叡山にいた奈良法師の名前で、同じ暴れ者だったそうです。

最期の時は西方に手を合わせてそれをあやかる意味合いも込めて、

父親の弁心と師匠の寛慶から一文字ずつもらい、「弁慶」になったそうです。

義経の部下の弁慶の最期は仁王立ちではなくて、死後硬直です。

これも後付けですけれど。

 

鎌倉幕府の年号って・・・

フィクションの多い源義経のお話ですけれど、最近酷いのは鎌倉幕府の年号ですね。

1192年から、1185鎌倉幕府になっていますけれど、これを理解出来ていない人が多いんですよね。

1192年鎌倉幕府を成立とは一言も書いてないんです。

1192年に源頼朝が征夷大将軍になったという記載はありますけれど、

鎌倉幕府を成立ということはないんです。

1185年鎌倉幕府に今の教科書にはなっていますけれど、正確には1185年に

平氏滅びるという意味です。

1192年に征夷大将軍に源頼朝がなって、今から鎌倉幕府を作ろうっていう意味合いなんですよね

ってややこしいですけれど。

義経の幼少期も定かではありません。

 

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まとめ

歌舞伎や小説、漫画の後付けですけれど、本当に後付けが多い歴史だと思います。

日本刀は基本的に後付けだらけですよ。

鬼や幽霊を切ったってあり得ない話ですから。

だって、幽霊って切れる以前に、触れるの?

からが問題ですから。

 

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